頭が痛い。


それも、ずくん、ずくん、と鈍く、重く。


それよりも、腹の傷。


ドリルで貫かれたけど、大丈夫だろうか・・・。


苛立つのも当然だった。


ハッキリ言って、ボクがバカだった・・・。


ま、頭抱えたいんだけど。


今の状態じゃあ、出来ないんだよね。


はぁ、どうしよう・・・。


ディルディス、兄貴がピンチだ・・・助けてくれ〜・・・。


Don't be at a loss, and race!


廃墟学校前。既に宿から出発して、到着。

びしっ。と指を真っ直ぐ廃墟の学校へ向けるヴォイス。


「強行突破ぁ〜 ! 準備おっけー ? れっつごぉー♪」

「あのな・・・無駄にテンションたっけぇ〜なぁ。なぁ、サラ?」


同意を求める様に僅かに視線をサラに移す。

まぁ、元気が一番でしょ。と軽く流されていたが。


「所で・・・ヴォイス。危ないから、私達の後ろへ。テンション高いのは良いけど、五月蠅くすると・・・ゾンビに見つかるよ?」


軽く冗談交じりに言いながらも、瞳はあちらこちらを詮索している。

危ない、というのは冗談抜きで本当らしい。


「おっかないこといっわなぁーい!僕だって頑張るよっ!ほら!根性入魂棒だって持ってきたし!」


と、木刀(ヴォイス曰く根性入魂棒)を持ち上げて、ぶんぶんと軽く振る。

が、危なっかしい事に、ディルディスに当たりそうになっている。

見かねたヴォルフが、ぱっと横から木刀を取り上げる。


「駄目、駄目。ヴォイス。危ないからボクが没収しておくよ。敵が出てきてから返すよ。ね?」


苦笑しながら木刀を、自分の武器入れに一緒に入れる。

ディルディスはあっぶねー・・・とため息をついている。


「さ、行こ?ほらほら、そこっ!ぼーっとしないーっ!」

ヴォイスはいつの間にか、ディルディスとヴォルフの手をぐいぐいと引っ張ると、ボロボロの学校にすたすたと足を踏み入れた。



___________________________________________________________________________________________________________________




学校の中は、予想通り、ひび割れ、床が抜けてしまっている。

硝子窓は粉々になり、窓枠は劣化しきってしまっている。

一歩、一歩が命取りである。

ぎし、ぎしぃ・・・と低く唸るように床が軋む。

此処から先、入るな。という警告の様に。

永くにわたって雨漏りで腐った箇所は、軋むより前に、ボズン、と抜け落ちてしまう。

危なっかしく、何度も穴に落ちそうになったり、床が抜けたりして、一行は悲鳴や笑い声を上げながら進む。


「いつになったら着くんだ・・・まったくヴォルフ、お前ももっと早くに帰ってこ・・・ぉぅいぃぃ!?」


ディルディスが愚痴りながら歩いていくと、運の悪いことに、見事に腐った床を踏み抜いてしまい、下半身が穴の中。

不幸中の幸いで、背中のBLOOD×BLOODを入れている武器入れが上手いこと引っかかり、完全に落ちずに済んだ。

間抜けな声を出しながら沈んだディルディスを滑稽とばかりにヴォルフは笑っていたが。

慌ててサラは手を貸して、ディルディスが穴から這い出てくる。


「ディルディス。文句ばっかり言ってるから、運が無くなるんだよ。ボクみたいにちょっとは静かにしたら?」

「うっるせぇ!テメェェ!!!」


実の兄に対しても、やっぱり口の悪さはピカイチだ。

バンパイアの証の牙は丸見えまでに口を大きく開いて反論する。

今にも噛み付きそうな勢いで勢いよく身体を起こすと、ヴォルフに飛びかかろうとした。


「文句も言いたくなるっ!同じカオして涼しげにいけしゃあしゃあと・・・!むっかつくんだよっ!表出ろ!テメェっ・・・おぅわぁぁっ!?」


再び床がぼずん。と抜けた。宣戦布告途中だったディルディスはかちんと固まった、が一瞬で悟ったらしく、

また間抜けな声を上げながら床に沈んだ。武器入れが引っかかり、また宙ぶらりんになったが。


「ディルディス。落ち着いて・・・ね?敵と戦う前に喧嘩しない。するんなら事が済んでから。お分かり?」


また手を貸すハメになったサラは、疲れるから。とばかりにため息をついた。

うっ・・・と行き詰まったようにディルディスは目を逸らしたが。

またかっこわりぃ〜・・・と恥ずかしそうに小声で言いながら穴から這い出てきたディルディスは再び、ヴォルフに笑われたが。


ぎし、ぎしぃ・・・・。

ぎぃぃ・・・、ぎぃぃしぃ・・・・。


前から、後ろから、左右から。

何かが、来る。

サラは咄嗟に背中の武器入れからスピリア(サラの武器、槍の名前)を引き抜くと、両腕を伸ばし、身を低くして構える。

ディルディスとヴォルフは同じ武器、BLOOD×BLOODを手に持ち、構える。

ヴォルフはヴォイスに木刀を渡すと、気をつけて。と付け加えた。

ヴォイスはカタカタと震える手に叱咤しながら、木刀(根性入魂棒)を構えた。


ギュィィィィン・・・・。


後ろから、ドリルのような音がする。音からして小型だろう。
             ・ ・ ・
ヴォルフは瞬間的に自分に音が、気配が近づいて来るのが分かった。

が。

背中から、腹にかけて、激痛が走った。

思考回廊が、止まった。

こみ上げてくる、熱い液体に噎せ返った。


「が・・・はっ・・・!? っぅ・・・ゴボっ!??な・・・ぁ、っ!?」


咄嗟に手で押さえる。

手に付いた液体は、ぬらりと光る血、だった。

空気が足りない。

天を仰ぎ、酸素を吸おうと喘ぐ。

がくんと膝を付く。

金縛りに遭ったように身体は言うことを聞かない。


「ヴォルフっ!!?」

「コイツらめっ!!」


サラはディルディス重傷を負ったヴォルフの周りを囲い、護衛する。

大量の気配は、ゾンビ。つまり死に損ない達だったのだ。

ヴォイスは、駆け寄ると床に横たえて、頬を軽くぱちぱちとたたいた。


「ヴォルフ?大丈夫!?死なないでよ?ああああ・・・僕はどうしたらいいの?」


パニックになってしまったのか、ヴォルフの腹の大きな傷に自分のハンカチを当てながら、ぶつぶつと呟く。

ぴくりとも動かなくなってしまったヴォルフの身体からは、惜しみなく紅い血が流れ、腐った床が吸い込んでいく。

うっすらとペリドット色の瞳は開かれ、唇が僅かに動いた。

危険を知らせるが如く。


「ヴォイスっ!後ろっ!!!」


サラが悲鳴じみた声を上げてヴォイスに危険を知らせる。

ヴォイスは咄嗟に自分の横に置いた木刀を拾うと、無我夢中でぶんぶんと振った。

メチャクチャに振られた木刀の決死の攻撃は、見事にゾンビの腐りかけた顎にぐりむとめり込み、吹っ飛ぶ。

ナイスヒット、さっすが根性入魂棒。とばかりに、うっすらと開いていた眼の片方を閉じて、ウインクした。


一方サラはスピリアを上手く使い、急所だけを狙い、確実に仕留めていく。

スピリアの細かい装飾細工の石や、彫り細工には、血が乾いてこびり付き、ゾンビ達を何人、何十人と葬り去ったのを物語って

いる。

彼女の頬にも、鮮血が返り血としてこびり付き、明らかに彼女とは違う色の黒血が、彼女を汚していた。


ディルディスは、大男でも持ち上げるのを躊躇いそうな大剣、BLOOD×BLOODを軽々と振り回し、刀身自身の重さを利用して、

叩き斬っていく。彼の頬にも、またドス黒い鮮血がこびり付き、顔をしかめながら葬り去っていく。

BLOOD×BLOODは血を纏って、濡れ濡れと輝いていた。


手際の良い、素早く、切れの良い攻撃にしばらく見とれていたが、ヴォルフの危機を想い出し、ハンカチを当てる手に力を込め

た。


ふわ。

身体が一瞬浮遊感に襲われた。

いや、まさしく浮いていた。

自分と、ヴォルフの周りに、赤い、蜘蛛の糸の様に細い魔方陣が発生していた。

正しくは、その上に乗っていた。

身体が重く、瞼が重く・・・。

強烈な眠気に襲われて、眠りに付いてしまった。

サラと、ディルディスと別行動になってしまった事を、思考回廊の端で理解しながらも。














 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ?















 つっぅー・・・、いってぇー・・・。














此処は・・・何処だ・・・?












起き上がろうとしたものの、押さえ付けられたような違和感。

いや、違和感、というよりも・・・縛られているような。

右手と左手とは鎖できつく縛られ、足は自由なものの、力が入らず・・・。

取りあえず、ベッドで寝かされていることは確かだ。

・・・かなり貧相だが。

ガタが来ているであろう壁は、学校っぽい。

つまりは、あの廃墟の学校からは動いてはいない。

自分の寝ているベットの前には扉があり、磨り硝子の窓が嵌め込まれている。

虫に喰われたようなこれまた貧相なカーテンに目をやってから、窓の外を見る。

この場に似合わないコントラストの夜の闇色と、月の銀色が見事に闇の中、映えていた。

次に、自分の身体を見る。

腹の傷は包帯で巻かれ、えらく不格好である。

包帯には血が既に滲んでおり、血糊は乾ききっていた。

ぼぅっとした頭をフル活動させ、自分がどういう状況なのか、必死で理解する。

えーと。

腹をドリルで刺されて。

吐血して。

倒れて。

ヴォイスが傷口押さえてて。

えーっと・・・。

他は・・・。

身体が浮いたような・・・。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。


ヴォイスは何処行った!!?


ボクは良いとして、ヴォイスは何処へ!??


縛られたままベッド。

それよりも蒼白になった。

ヴォイスは何処へ行ったのだろう。

確か自分の側に居たはず。

なら近くにいてもおかしくない ------- 。


思考を止める。

扉の硝子窓の外で、何かが動いた。

キィィ・・・とガタが来ているのが丸分かりの音を奏でながら、ドアノブが動き、扉が動く。

入ってきたのは、縫い合わされたような痕の痛々しい少女だった。

ヴォルフは吃驚して身を強張らせた。

白い布製のワンピースを着て、長く伸ばされた、半ば伸ばし放題の薄いクリーム色に近い金髪と、右眼に斜め掛けの眼帯の様

に巻かれた血の滲んだ包帯が、より一層痛々しさを強調していた。左眼の勿忘草色の瞳がきょとんとこちらを見ている。

ぎょっとしたのはそれだけではなく、少女の右手に握られている注射器だった。

左手には真新しい包帯と鋏と留め具と絆創膏と、消毒液の瓶。

ヴォルフは身の危険を感じで再び蒼白になった。

少女の持っている注射器の中身はいかにも怪しげなものに見えたからだ。

注射器の中の青い液体は、一体何の薬だ?

少女が裸足の足でぺたぺたとこちらに歩いてくると我に返り、有らん限りの力を振り絞って鎖を引きちぎろうとする。

が、かなり硬質なものらしい。バンパイアの力でも引きちぎれないという事は、対バンパイア用か・・・。


「ぁー・・・?ぁぁ・・・」

「・・・?言葉が話せないのか?」


この状態で、素っ頓狂な声を聞いたため、緊張状態にあったヴォルフも、さすがに吃驚したらしい。


が。


ドスッ


「ぃっ゛ぅ!??」

「ぁー。ぁぅ?」

「ぃだぁ!!?やめろって!!針を動かすなって!!!」


当本人の少女はまるっきり悪気無し、と言った顔で、注射器をヴォルフの横っ腹に刺したのだ。

しかも針は7p程の長さのうち、半分位までしか刺さらなかったため、ぐりぐりと抉るような動きで無理矢理刺している。

徐々に入ってはいるのだが、いくらなんでも無理がある。


「いでぇ!!?や・・・やめろって!!!出血する!!!もうしてるけどっ!!!」

「ぅー・・・?ぁぅぅー?」

「ぅー、じゃぁないっ!一体此処はどこなんだぁぁ!??」


悲痛な叫び声を上げながら修羅場(?)と化した現場で、ヴォルフは、助けよりも先に、この状態をどうにかしてくれとばかりだっ

た。

注射器の針がようやく肌を離れ、生気を取り戻したヴォルフは、取りあえず少女に質問攻めをしてみることにした。


「なぁ、さっきの薬、何だったんだ?此処は何処だ?お前バンパイア?それともゾンビか?いやいや、ボーレイ?それとも何か?ボクを

捕まえた犯人さん?ってか縛るのは趣味?変なサービス? ・・・つか君誰?」

「ぁぅ」

「・・・・・・。あうって言われたも、なぁ。どうしよう・・・・」

「ぁぅ。ぁ」

「・・・・・・疲れた」

「ぅ、ぁ?」


いつもの勢いが無く、縛られた手はジンジン痛むし、腹も痛む。終いには頭まで痛くなってきた。


「・・・・・・不覚、だ」

「ぅ?」

「いや、君にじゃなくて。・・・ボクが」


情けない。


「・・・ほ・・・ぃ、ぇ・・・」

「?」


喉の奥から、絞り出したような声。

掠れるような小さな声は、どうやら「包帯、換える」と言ったようだ。

不器用に包帯を巻く姿は、子供そのものなのだが、身体のパーツを集めて、繋ぎ合わされたような。
 あちこち
彼方此方に縫い痕がある、と言う事は、事故か何かか?

いや、でも其れにしては不自然すぎる。

痕が残らないよう、もっと綺麗に縫うはずだし、幾ら何でもあそこまで残らないだろう、し。


                         不自然すぎる。


そんな事を考えているうちに、包帯の取り替えは終わり、少女は少女で眠いのか、くぁぁ。と欠伸をしている。

帰るかな、と思ったのだが、予想外。

こてん、とヴォルフの寝かせられているベッドの空いているスペースに寝転がってしまった。


「此処で寝たら怒られるんじゃ・・・ってか、いいの?君のご主人様に怒られるよ? ・・・ってもう寝てるし・・・」


遠く、離れた所で見ると、ぎょっとしたが、顔は、可愛らしい。

・・・その接ぎ当てて縫い合わせた痕が無ければ。

長い睫と、仔猫の様な仕草は、幼い子供を思わせる。

すっと目を細めて、ヴォルフの呟いた。


「・・・不格好だけど生きてる。君も、ボクも。・・・ディルディスも」


鎖の音が耳に付いて止まない。



化け物だ、と。



強姦魔の子供だ、と。



バンパイアの子供だ、と。



殺してしまえ、と。



死ね、と。



罵られて。



傷付けられて。



血を吐くような思いをして。



・ ・ ・ 何度、死のうと思っただろう。



生きるために、奴隷のように従った事さえも。



泥棒をした事もある。



果てには身売りも、した。



それでも与えられた命を自分で絶ち切らなかったのは、母の為だろうか。



憶えては、いない。



けれど。



優しすぎる人、というのは解る。



バンパイアの子供を、堕ろす事をせず、産んだのだから。



病弱で、小柄な身体。



細菌さえも命取りになりかねないような身体。



其れなのに。



自分達を、見捨てなかった。



彼女が死んだのは、自分達に名前を付けた、次の日だった。



ヴォルフとディルディスの刺青は、2人を護るための呪文のようなもので。



2人が離れないように。



哀しき最期を迎えぬように。



其れは母の願いで。



不安になると、ヴォルフもディルディスも癖で、右手の小指の刺青に唇を当てて、目を閉じる。



不思議と、安心する。




「『夜は暗黒に包まれ、冷たい風が身を凍らせたとしても、朝は喜びの色に染めて下さい。そしてこの子達が安息の地を見つけ

れるよう、道を照らして下さい』・・・ねぇ」


胡散臭い。とばかりに自嘲気味に笑うと、ぼそりと呟いた。


「神なんて信じない。・・・存在するのならば、ボクが神を狩ってやりたい」


母さんを、何故死に追いやったのか、と。

何故、ボク等をこの世に生み出したのか、と。

憎いのか、それとも。

自分達の苦しみに対してではなくて。

子供の様な単純な怒り。











「ヴォルフーっ!ドコ行ったのー!?」

「おらぁぁ!!!クソ兄ぃー!!!ドコ行ったんだこのボンクラぁ!!!!」

「ディルディス・・・ボンクラって・・・」


怒りのあまり、愚痴の悪さがワンランク、いや、サンランク位アップしてしまっている。

横ですかさずツッコミを入れたサラは、ゾンビの死体の山を足で勢いよく蹴り上げて道を確保しながらも周りを見渡す。


「うりゃっ!」


              どかっ。 ばきょっ。 ぼりっ。 ぽきんっ。 ぐちょっ。 どさ 。


「・・・・・・なんか、蹴り上げるたびに嫌な音が」

「・・・・・・俺も思ってた」

「手で退かすのはあれだし、ね」

「うん。腐敗しかかってるからな・・・・・・手で触るのは退くよなぁ、普通」


内蔵や肋骨見えまくり。

果てには脳味噌までもがてかてかとゼリーの様にぷるぷるしているのだから、一般人は冷静に喋れないだろう。


「どーするよ?」

「どうしようかなぁ・・・あ、いいコト思いついたー!」


何をするのかとぼーっと眺めていると、右太股にベルトで付けていたナイフを取り出し、左手の革手袋を取ると指先を少し切る。

サラの細く白い指を伝う鮮血からは、ふわんと甘い匂いが漂う。

人間にはただ血生臭くしか感じないらしいが、自分達の嗅覚には極上のワインの様である。

右手の薬指に唇を当てて考え事を始めたが、血の香りが気になって仕方ない。

そういえば、一ヶ月位血を吸っていない。

無意識に過ぎていった日々に給血衝動に駈られなかったのが不思議だが、喉が渇いて仕方ない。

どうすればいい?

喉が熱くなる。

牙が熱くなる。

焼けるように、だ。

喉の渇きに喘ぐディルディスに気づいたらしい。

サラが作業を中断して心配そうにこちらを見ている。


「・・・大丈夫?吸血、最近してなかったから喉が渇いたんじゃ?」

「はぁ・・・は、ぁ・・・だいじょ、ぶだよ」

「・・・何処が?」

「・・・・・・」


何処が?と言うことは、自分の体に異変が起きてるという事だ。


「牙が、目立ってきてる。眼が底光りしてる。・・・・・・爪が変形してる」


サラが指さした右腕を見ると、爪が長く、鋭く尖っていた。

人間を狩る為の先祖の力だろうが、自分には必要ない。

自分でもゾッとするほどだ。

緩く息を吐き出して右手を握り締めて。


「・・・はぁ、ホント嫌になるな。バンパイアだから仕方ないんだけどな。こういうの」

「血、吸った方が良い。ボス戦で倒れられたら大迷惑だしね。それと、暴走されると面倒だし」

「・・・酷い言われ様だな。俺」

「言うに決まってんでしょ。強がってぶっ倒れるクセに」

「・・・それじゃ遠慮無く頂きます」

「・・・頂きますっていうのも語弊があるんじゃ・・・」


言いかけたサラの言葉が不意に止まる。

容赦なく咬まれたからだ。

吃驚して止まったらしい。


「・・・あの、痛い。ディルディス思いっ切り噛み付いてない?」

「・・・」


黙り込んだとか無視したとかじゃなく、まったく聞こえていないようだ。

血に飢えたためか、いつものような姿は微塵もない。

サラの首筋に噛み付いて、血を貪っている。

しばらくすると牙を抜いて顔を上げた。

幾らか顔色も良くなった様である。


「大丈夫?」

「あんがとさん。ぁー・・・だりぃー・・・」

床に座り込んだディルディスの背中を軽くさすりながら、周りを見渡した。

それから自分の腕にある腕時計を見る。

今、午後8:00ジャスト。


カツン。


床を靴が当たる音。


サラは背中の槍入れからスピリアを素早く取り出すと低く身構える。

そんなサラとは対照的な、呑気な声が腐敗した床の音と重なって聞こえた。

ジャカジャカとヘッドホンからのロックミュージックの音漏れと共に。

ひび割れた硝子窓から漏れる月の白銀の光が、少年であろう人物を明るみに照らし出した。

革のジャケットにTシャツ、ダボついたズボンと少し拉げたスニーカー。

明るい茶色の少し長めの髪と明るい若葉のような緑の緑眼。

頭にはヘッドホンをしている。音漏れがしていると言うことは話し掛けても気付かないのではないだろうか。

周りの音が聞こえないという危ない状況を自ら作っているという事に果たして気が付いているだろうか。

背中には弓矢入れ。覗いている矢の風切り羽根と大型のアーチェリー。

あのアーチェリーで撃たれたら普通の人間はひとたまりもないだろう。


「あー、初めまして?おっかないものはしまって貰えないか?」

「貴方は、誰」


サラの問い掛けが意外なものだったらしく、ヘッドホンの音楽を替えながら言った。少し音が大きい。


「俺?俺はルーク・クライアント。賞金首荒狩り少年って一部では言われてるらしいな」

「貴方があの例の・・・?所で何しに来たの?貴方が狙っている高額賞金の掛かった首サンは多分居ないわよ」


情報屋との交渉を試みて手に入れた情報ではないが、大体ボスと呼ばれるリーダーがこんな廃屋に隠れているなんてベタな

事は無いだろうとの推測の結果だ。

サラの告げた情報はどうでも良いとばかりににたりと笑う。

馬鹿にされているようで嫌だと心の中でサラは呟いた。


「居るか居ないかは二の次。しっかしまぁ・・・俺が嫌いな生物が居るし。・・・キミ、血吸われたんじゃないの?無理矢理に」


すっと指差されたディルディスは吸血後のだるい感覚からまだ解放されていないらしい。

ギロリとルークを睨んだ後、また下を向いてしまった。

苦しそうな姿からすると、回復にはもう2・3分かかりそうだ。

庇うように前に進み出る。

腕を広げて護衛体制を取る。


「私の兄よ。それと何?侮辱するつもり?狩るというのならば相手になるけれど」


そう言った途端、きょとんとした。

ルークはディルディスに視線を一瞬移してから、サラを見た。


「俺は女のコが大好きでね。大好物でもある。特にキミみたいなコ。そんなコと戦いたくない訳よ」


にこにこしながらそんなことを言われても。と顔をしかめたサラを楽しむように見る。


「じゃぁ私が大人しく引き下がるとでも?」

「いやいや?見逃すし、キミが狩るなと言ったらそのバンパイア、絶対に狩らない。その代わり・・・」

「?」


ルークはにやりと笑うと、楽しみ様な口調で続けた。

サラの顎を掴むと上に向かせる。

逃げられないようにとばかりだ。


「俺の唇に、一回キス。それで言うこと聞くから」

「なっ・・・!?」


あまりの衝撃に頬を赤く染めたサラを可愛いと思ったらしい。


「早くしねぇと狩っちまうけど良いのか?」

「っ・・・エロ野郎っ・・・」

「お好きなように♪」


ぷるぷると耐え兼ねようとサラは小さな声で侮辱したが、あまり効果はなく、相手のルークは楽しそうである。


「キス、したら。貴方はディルディスを狩らないのね?私が狩るなと言った人たちも」

「約束は守るぜ?そういうプライドがあってね」

「っ・・・ファーストキスが貴方となんて・・・」

「俺は嬉しいけど」

「貴方はねっ・・・!」


サラはルークの前に立って背伸びをしたが、唇が届かない。

悔しそうにしているサラを見て楽しんでいるらしい。

ルークが僅かに屈んだ。

善意でしてくれたのだろうと思ったが、何故か癪に触る。

その時だった。

ぐいっと引っ張られる感覚と抱きしめられるような感覚。

唇に触れている柔らかいもの。

サラが遅いため待ちきれずにルークが唇を奪っていた。

当然のことサラはぽかんと呆けたように固まってしまった。

だが一瞬で事を悟ったらしい。

かぁっとさらに赤くなると、抱きしめられている格好にも関わらずルークの腕の中で声のない悲鳴を上げながら暴れる。

そのまましばらく放置されていたサラは疲れ切ったらしい。
ぱっ、と唇をやっと解放したルークは自分の腕の中で散々暴れ回り、疲れて力の抜けきってしまったサラの頭を撫でて。


クスクス笑った。


「アンタ・・・、苦しいじゃないの!!」

「柔らかい唇御馳走様vマシュマロみたいだったなぁv」

「貴方ぜっ・・・たい、殺スっ!!!」

「生きがいいねぇ。喰っちまいたいv」


何故こんなに緊張感が無いのか、とイライラしだしたサラはルークのジャケットの襟を掴んでさっきから言いたかったことを言っ

た。


「貴方自分で自分の命取りになるようなことやっているの分かってるの!?そのヘッドホン!敵の足音とか声とか状況とか把握しにく

いでしょー!?自分の首を自分で絞めてる様な・・・!!・・・あれ?」

「ぁ、やっと気付いた?」


にこっと悪意のない笑みを見せてから、サラの耳をすっぽり覆うようにヘッドホンを被せる。

サラの耳に流れてきたのは激しいロックミュージック。

音量が大きいと思っていたがそうでもない。

耳に心地良い程だ。

だが、思った通り、周りの声が、音が全く聞こえない。

自分の声も、相手の声も、風の音さえも聞こえない

・・・この状況で余裕を咬ましていたって言うのだろうか。

ヘッドホンをサラの頭から取りながらルークが言った。


「どうだった?」

「・・・全く周りの状況が把握出来なかった」

「これは実は訓練なんだよね。俺の俺様流の」

「さっきからその状態だったんでしょ?どうやって私たちの会話を・・・!」

「種明かしして欲しい?だったらもう一回キ「誰がするかっ!」


すかさず突っ込んだサラの素早さに驚きを隠せないらしい。

一瞬ぽかんとした後、もう一度口を開いた。


「だったら一緒に行っていい?俺も行くトコ一緒だしさ」

そう言ってすたすたとディルディスの横まで近づくと、先ほどとは明らかに違う笑みを見せる。

挑戦的なでも馴れ馴れしい笑み。


「まぁ一つよろしく。バンパイアのお兄さん」

「・・・勝手にしろ。いつかボコる」

「あははー。怖いなぁ。やっぱり妹は可愛いよね」

「テメェ、殺られたいのか?しかも微妙に話聞いてねぇだろ」

「どうやら調子悪いみたいだね。肩かそうか?」

「テメェは宇宙人かぁ!話噛み合ってねぇんだよ!屑!」

「いやーん。お兄さんが俺を苛めるー」

「テメェ!!!そもそも会話っつーものをする気があるのか!!?しかもご丁寧な事にサラの唇まで奪い

やがって!!!体力満タンで元気だったらタコ殴りでもナマス切りでもしてるんだぞ!!!!?」


「どうしたらバンパイアのお兄さん黙ってくれるかなぁ???」


馴れ馴れしく馬鹿やって見せる点、どう思っているのかよく分からない。

うーん。と考え込んだ。

敵か味方か分からない。

不意打ちをされてもおかしくない状況。

・・・信用して良い?


「サラ〜!コイツ葬り去って良いか?」

「・・・。ふぅ、そこまで元気なら、動けるでしょ?さっさと助けに行かないと」

「わー。まどろっこしいの嫌いなんだ。・・・ああ、そうそう。キミ達の名前俺知らないや。教えて?」


またにこにこと笑いながら言ったルークは知りたがり屋な少年を思わせる。

心の中では何を考えてるか分からないが。


「・・・。私は、サラ。サラ・ファレン」

「どうも腑に落ちない野郎だな。・・・俺はディルディス。ディルディス・ライタリーだ」


それを聞いたルークは首を傾げた。


「キミ達って、兄妹じゃないの?ファミリーネームが違うけど・・・」

「今頃?顔似て無いじゃない」

「俺はサラとは似てないと思うぞ」


次々に飛び出した否定の連続に僅かにルークは吃驚したようだ。

でもさ、とルークが続けた。


「キミ達、否定するトコとか、もろ同じタイミングだよね」

「「・・・」」


黙り込んだ2人を見て、再びルークが、そういうトコが似てるんだよ。と苦笑した。










結局、ディルディスの体調が良くなるまでに三十分+αがあった為に、四十分程遅くなった。

相変わらず敵地ながらにも、ディルディスとルークが言い争っている。




ジャラン。



一瞬周りの空気が引っ張られるような変な感覚に囚われる。

一回戦った事のある人だ。


鎖の音。


「やぁ、サラ。それと・・・兄貴さん。と、・・・新参者、か?」

「やっぱりテメェか!」


サラが咬まれていた所を直に見たディルディスとしては許せない相手だろう。

以前と違い、革のコートを着て、ポケットに手を入れ、余裕に見える。

ルークが一歩前に進み出て、アーチェリーに矢を番えながら言った。


「ココは俺一人で十分だよ。下がってて?」



「ぃゃぁ。どーも。こっちこそ舐められてるみたいだからさ。・・・・・・ちょっとした反抗心?」

緑眼に楽しそうな色が浮かんだのを、確かに感じた。