ピアス
「目星が付いた・・・って?」
「えーと。ホントに大体だけどね」
「で、誰なんだよ。そのアホんだらは」
「わ、口悪!」
「これはいつものコトだろ?」
苦笑いしたディルディスに向かって、さらりと述べる。
「あー・・・いつものことだけど、口悪すぎ」
「そうですか。俺は口悪のポンコツ野郎ですか」
「誰もそこまで言ってないよ?」
にっこり。
と、天使の笑み。
この笑み程怖いモノはない。
「あ・・・わ、ごめんなさい」
と土下座。
情けないなぁ。と額を抑えてサラは呻く。
と、そこへ
「あ~、お二人さーん」
ドコからか、声が、する。
ふわりと若草色のカーテンが舞い、ノースランド特有の凍り付くような冷たさを含んだ風が入ってきた。
窓が見事に開いている。
そこから顔を出しているのは、ディルディスそっくりの、少し垂れ眼の少年。
黒髪はディルディスそっくりで、ペリドットの様な透明度の高い眼に左の耳にお揃いの銀のイヤカフ。
片足を窓枠に上手く引っかけ、両手で窓を掴んで器用にバランスを取っている。
「ボクのコト忘れないでよね・・・。まったく、ボクが護衛でノースランドのペルディンドに行ってる途中にドコ行ってる
んだよ~。めちゃくちゃ探したじゃないか!タティアから離れないでって言ったのに!しかも置き手紙も無し!一体全体
どうなってるんだよ!」
いけしゃあしゃあと並べられた毒舌文句にサラもディルディスも固まったが、あ!と小さく声をあげた。
「ごめん、ヴォルフ。本当に存在を忘れてた」
「えっと、私も・・・」
「ちょっと!?酷くないっ!?いくらなんでも!ボクは2人の保護者だよ?」
「確かに俺の双子の兄貴だけど・・・なんていうか、なぁ?」
「威厳が無いっていうか」
こちらもぺらぺらと簡単に返すと、どうよ?とばかりに首を傾げる。
ヴォルフはぷるぷると震えると、怒濤のごとく一気に言った。
「あのさぁ!?大体、っていうかディルディス!キミはボクの双子の弟だよ!?それにボクとキミの右手の小指! 『Of a
soul of two one leaving it eternally make a pair, and do it, and not to
invite the last when a soul is sad so
that there is not it.』 (二つの片割れの魂が永遠に離れることの無いように、対となりし魂が悲しき最後を迎え
ぬように。)って古代エルフ語で刺青してあるじゃないかっ!」
「あー・・・その長ったらしい双子の守護呪文刺青か。わー、英語で言うとなっげーぇ」
「感心すんなよ!?」
ピリオド
「えーと、この後、ケンカ始まりそうだから、終止符打たせて貰いますが。影の事件って知ってる?ヴォルフ」
そろそろヤバイ・・・とばかりに終止符を早めに打つと、小声でぼそりという。
「噂なら。よくは知らないけど」
「うーん・・・。不運ね。ヴォルフは」
「うわー。つまりはヴォルフ、お前ってさ、幸薄いよなー」
「うん。幸薄いねー」
「なんで?!」
2人が以心伝心とばかりに頷いているのに対して、悲しいほどに外れてしまっているヴォルフはもう嫌だ!とばかり
に悲観にくれた声を出す。
「おったまげないでね?その例の影の事件が起こっている街は、ココ」
「つまり、お前の下も、へばり付いてる壁共に危ねぇってコト」
2人が言い終えた途端、ヴォルフは慌ててへばり付いていた壁からいち早く離れると、素早く体を翻して、室内に
とんっと着地する。
「あのさ、そういうコトは一番に言うんじゃない?」
「お前なら大丈夫。簡単に死にゃせんから」
「ぃゃぃゃ、そういう問題じゃないから」
サラが慌てて付け加える。
床に足が付いたのに落ち着かないのかウロウロと動き回るヴォルフ。
ディルディスは、壁に立て掛けてあった武器の三つのうち二つ取ると、凝った装飾のされた槍をサラへ、大男でも
持ち上げられないと躊躇うであろう大きな長剣をヴォルフに渡す。
「ほら。修理終わったから。BLOOD×BLOODの扱いには気をつけろってさ」
「へぇ~、あのヒビ、直ったんだ」
「ホント綺麗に直ったわね」
感心したようにBLOOD×BLOODの刀身の背の方を一撫でする。
人工光の光に当たって鈍く刃が光る。
「あれ?でもBLOODって、ボクの血を練り込んであるんだよね?でも今回ボクなんにも・・・」
「ああ。俺の血代わりに使ったから。・・・・・・安くないぞ?」
実に嫌みったらしく言うと、ヴォルフが非難の声を上げた。
「金取る気!?」
「あ・た・り・ま・え♥」
「鬼っ!茄子っ!!!」(?)
パニックとショックで言葉になっていない。
サラは変テコな文句の声を聞いてクスクスと笑いながら、扉の取っ手に手を掛けた。
「ヴォイスを呼んでくるね。いろいろと打ち合わせが必要だろうから」
静かに閉じられた扉を見送る。
悲しげな甘い香りがしたのは、気のせいだろうか。
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幸い、バンパイア・ハンターのマスターが特別に宿に掛け合ってくれたため、小さめの来客用の部屋を三つ開け
てくれた。
その為、ヴォルフも部屋が違う。
ヴォイスのいる宿部屋の扉を軽くノックする。
「ヴォイス。部屋に入ってもいい?」
「あ、はーい!どーぞ」
ドアノブを押すとキィィ・・・と悲しい音がする。
風呂から上がったばかりなのか、濡れたシルバーブロンドの髪を、タオルで拭いている。
上目遣いにサラを見上げると、言いにくそうに切り出した。
「あの・・・関係無いこといきなり言いますけど・・・・その、ピアス。似合いますね」
「・・・あぁ、コレ?」
「たくさん付けてるのに、違和感ないって言うか・・・」
「コレ、ね。実はアクセサリーとして、じゃなくて。憶えておかなきゃって、ね」
「え・・・?」
少しだけサラが上を向いた。
耳に在るピアスは全部銀製で、シンプルな丸いリングタイプと、リングに細い鎖が付いたタイプだ。
右に5つ、左に5つ。計10コものピアスが、彼女の動きに合わせて僅かに揺れる。
「私が、バンパイア・ハンターになって・・・私はバンパイア達をたくさん殺した」
「・・・ ・・・」
「その時・・・何故か、ね。『私が、この人を殺したんだって。憶えて居なくちゃ』って思ったの」
「でも、なんでですか?大罪を犯した、人ならざるモノの為に・・・」
「・・・・いくら大罪を働こうと、一つの命に変わりない。確かに彼らは大罪を犯し、人を傷付け、苦しめ、果てには血
を啜り------。でも、私がしたことは、彼らにも並ぶべき大罪。血で血を洗うような真似をしてきた人間で在ること
には変わりない。だから、彼らが、確かに此処に存在していた証を------。そして、私が彼らを殺した罪の烙印を
ってね。---------でも、一年で止めた。こう、思ったの・・・。私が死んで・・・消えて、存在が無くなって----。誰
が私を。私という人間を憶えていてくれる?今、憶えてくれる人は居る。ディルディスやヴォルフやタティアのみん
な、そして、ヴォイス。貴方も。でもね。いつか私達は消えていく。そうしたら------。誰も居なくなる。存在も記憶
も消える。だから、止めたの」
「サラさんは------。優しい人ですね。でも、とても脆くて、触れただけで死んでしまいそう。まるで天使みたいで
すね」
その言葉ほど辛いものは無かった。
ずくん、と鈍い痛みが心臓の辺りを舐め回すように走った。
息が、一瞬だけ詰まる。
今でも想い出す。
あの日のこと。
『サラ様は------- 。何て言うか・・・天使みたいですよね。儚く壊れてしまいそう。とっても素直だし、綺麗な色の
髪と眼。羨ましいなぁ』
『サラ様は、デルフィニウムがお好きなんですか?その花は唯一この世界で本物の蒼の色の色素を持つ、偽りの
ない花ですよ。なんだか、サラ様そっくりですね。素直で、綺麗で、儚くて・・・天使みたい』
素直で、綺麗で、儚くて。それはまるで天使のよう。
私にとって。
これほど辛くて、残酷な言葉は無かった。
私は---------------- 。
偽りだらけの人間なのに。
「サラ・・・さん?」
「え? あ、ごめんね。ボーッとしてた」
「いいえ。なんかすごく余計なことを訊いちゃったみたいで・・・すみません」
ぺこり。とお辞儀。
銀の髪の上に手を置くと、くしゃりと撫でた。
「あ? へ?」
「いいの。別に」
「でもなんだか辛そうだったから・・・」
「大丈夫。これが私の-----、選んだ道だから。決して、振り返らないから」
決意の意を込めて、呟かれた言葉は漆黒の闇に溶けて消えていった。
ほぼ同時刻。
辺りは夕闇に包まれ、暗くなってきている。
イタリアを想わせる白く厚い壁造りの城。
庭には、咲き誇る色とりどりの薔薇。
其処を飛び交うのは夕闇にも映える鮮やかな宝石蝶。
その薔薇園の中を、金髪の少女が歩いていく。
静かな足音は実に優雅で、気品の溢れるものだった。
金髪の髪の毛先には軽くカールがかけられ、底光りしそうなほどの鮮やかなブルーの眼。
可愛らしいレースの付いたドレスを着て、右手には青薔薇を持っている。
まるでアンティークドールのような可愛らしさを持っていた。
宝石蝶はひらひらと舞いながら、彼女から離れていった。
「・・・私は、蝶にも嫌われるようになったのね・・・」
悲しそうに、呟かれた声。
手に持っていた青薔薇の花びらにそっと口付ける。
「しょうがないのかもしれない・・・。私は、逆襲しようとしているのだから」
口付けた時、青薔薇の棘で、唇の端を僅かに切ってしまったらしい。
形の良い眉が少しつり上がった。
だが、すぐに穏やかな、愛くるしいアンティークドールの様な顔立ちに戻ると、歌うように言った。
『狂った運命の歯車は胎動を始める。それは残酷な戯曲の第一章』
『偽りの愛と誓いを捧げましょう』
唇を伝う、薔薇色の血を指で自らの唇に塗る。
『甘美な優しい毒を自らの唇に塗り、血だらけの貴男の唇に口付けましょう』
自分の薔薇色の血を舌でゆっくり舐め取ると、静かながらも、憎しみを込めて言った。
『・・・全ては復讐のために』